横浜市港北区菊名駅前にある中学受験専門塾茶理庵w/16 - 受験合格体験談(受験生)

受け継がれるのは、想いだけではないと思う。

チップくん(小学3年 夏から入塾)鎌倉学園 他、合格

3年前のある日、母にむりやり、名前も聞いたことがない「茶理庵」という塾の体験に行かされた。

僕は、とても緊張しながら扉を開けたことを憶えている。

すると、知人がいた。思わず「あっ。」と声が出てしまった。

茶理庵という塾は、授業が本当におもしろかった。僕は心の中で「ここなら続けていける」と思った。

4年の春には「ピンホール カメラ」を作ったりした。楽しくてたまらなかった。

5年生になると、勉強の量も増えてきて大変だった。

6年生になるとさらに量も増え、何度かやめたくなった。しかし、なんとかこらえた。

12月になって、急に算数が楽しく感じられるようになった。

家でも、算数はたくさん解いた。

結果、「算数選抜」という入試で、僕は「行きたい学校」に合格(うか)った。

僕は、受験勉強を乗り越えていくには、「勉強を好きになる」ということが大切だと思う。

僕は、算数が好きになってからは、暗記するスピードも速くなった。

受験勉強が「楽しい」と感じられなくても、「楽しいな」と口に出しながら勉強するといいと思う。

みどりのジガルデ(小学6年 夏から転塾)京華中学 合格

僕は6年生の途中で、他の塾から茶理庵に移ってきました。

その時から、僕の受験勉強はやっと始まった感じでした。

最初のうちは、ノートの書き方や、問題の取り組み方をテツジンに何度言われても、

しっかりと聞いていませんでした。

あわよくば、そんなに一生懸命勉強せずに合格できたらいいな、と考えていました。

茶理庵に入ったばかりの僕は未熟で、基礎もできていないのに、

基礎を学ぼうとすることはなく、難しい問題を解こうとするばかりでした。

でも、もちろん、そんなことを何回やっても問題が解けることはなく、成績も伸びませんでした。

…ということに気が付いたのは、6年生の12月になってからでした。

その時、とても後悔しました。

それから残りの2ヶ月は、親の言うことや、テツジン、チャーリーの言うことを素直に聞き、勉強するようになりました。

「今さらながら」でしたが、基礎から必死にやり直そうと思いました。

すると、今まで、解けなくて、つまらなく感じていた勉強が、少しずつおもしろく思えてきました。

入試が終わって、合格できてうれしかったのですが、心の中にあった「スペシャル志望校」にはやはり届きませんでした。

生まれて初めて、うれしさと同時に悔しい気持ちがこみ上げてきました。

後輩のみなさん、本当に行きたい学校に行きたかったら、先生や親の言うことをしっかり聞いて、

早くから本気で勉強したほうがいいと思います。

除夜の鐘(小学3年 夏から入塾)芝中学 他、合格

僕は、3年生の夏期講習から茶理庵の授業を受けました。

3年生の時は、実際、自分が中学受験をするという実感を持てませんでした。

でも、4年生、5年生と時間が経つに連れ、徐々に実感がわいてきました。

6年生になって、まさかの「コロナ禍」で学校や塾の休みが増え、模擬テストを自宅で受けることも増えてきました。

夏休み、初めて志望校の過去問を解きはじめ、点数をつけてみたら「10点」ぐらいしかとれていない時があり、

「ヤバいなぁ」と思うようになりました。

その時から、以前から言われていた「復習が大切」ということを胸に刻み、

プリントなどをていねいに復習することを心がけました。

そうして迎えた2月1日。

試験が始まり、さほど緊張もせず取り組むことができました。

結果、午前の学校も、午後の学校も、どちらも合格することができました。

その勢いで、2月2日、本命である学校を受験しました。

国語、社会、理科まで受けて、「いけるんじゃね?」思いました。

最後の試験の算数が始まった瞬間、今までの状況が何もかもひっくり返ってしまった気がしました。

頭が真っ白になって、どの問題も難しく感じられ、全然解くことができませんでした。

試験が終わって、いったん家に戻って、いつもの茶理庵の教室までの道のりも、心配でたまりませんでした。

3日は、チャレンジ校を全力で受け、家に帰りました。

すでに、本命だった学校の受験結果は出ていました。

「合格ってる」自分に言い聞かせながら、結果を見ました。

不合格でした。

ものすごく泣きました。

僕の中学受験はこうして終わりました。

受験が終わって、しばらくたった今、「やっぱり茶理庵に通って、よかった」と思っています。

仲間と楽しく勉強をすることができました。

茶理庵は僕にたくさんのことを教えてくれました。

今、茶理庵に通っている後輩の皆さん、自分の「行きたい学校」に行けるように悔いのないように、

がんばってください!

僕も応援しています。

バニラ好き(小学4年 秋から入塾)日本大学中学 他、合格

僕は、4年生の11月から茶理庵に入塾した。

はじめのうちは、この塾の雰囲気に慣れず、緊張の連続で何もできなかった。

だけど、そのうちだんだん慣れてきて、塾での授業が楽しくなってきた。

5年生になって、授業の日数も増え、宿題も多くなった。

それなのに僕は、塾に行く直前まで宿題に取りかからないことが多く、「宿題忘れ」のイエローカードをもらうことが何回もあった。

また、「小テスト」の勉強をあまりしていかないことも多く、しょっちゅう追試になっていた。

そして僕は、6年生になった。

6年生になると、宿題や小テストの勉強はほぼ毎日やるようになっていた。

そのためか、小テストが毎回「合格」するようになっていった。

しかし、それでも僕は家で勉強することが苦手で、復習にもなかなか身が入らなかった。

1月になって、僕は1か月間 学校を休み、猛勉強をすることにした。

2月1日、午前、午後とも受験したが、結果は不合格だった。

でも、気持ちを切り替えて必死に受験し、無事に第一志望校に合格することができた。

僕は、中学受験をして、自分がとても成長した気がしている。

チャリンコチコちゃん(小学6年生から入塾)横浜共立学園中学 他、合格

私は、新4年生から通っていたN研を5年の1月に辞め、翌月の新6年スタートより茶理庵に転塾した。

茶理庵のスタイルが私には合っていたようで、N研にいた頃よりも、本当の意味で勉強が身についていったと思う。

茶理庵生たちは、授業中にも活発に発言をする。

いままで、こんな授業を受けたことがなかった私には、驚きとともに良い刺激になった。

チャーリーの授業は本当におもしろく、テツジンはいつも丁寧に質問に答えてくれた。

6年12月、父から「これが最後のチャンスだぞヽ(`Д´)ノ」と言われながら、最後の模試を受けたが、

ついに最後まで父の期待に応えることはできず、前月の模試よりひどい結果をとってしまった。。

2月1日。

受験会場内の雰囲気に圧され、私は今まで生きてきた中で一番 緊張した。

この日は、午後にもう1校受験した。

翌日、2月2日。第2志望校のか神奈川大学付属中の受験を終えた帰路、

第1志望校の横浜共立学園中学校の合格の報告を、母から伝え聞いた。

私は、中山駅の隅で息を殺して泣いた。

第2志望校も合格だった。

いままでの茶理庵生活や、テツジンとチャーリーに対し感謝の気持ちが溢れ出た。

17期生もがんばってね!!

崖っぷちのポニョ(小学4年生から入塾)田園調布学園中学 他、合格

茶理庵では、受験勉強の「解き方」を教えてもらっただけじゃなく、勉強の「習慣」と「時間の大切さ」も学びました。

もともと勉強の習慣がついてなかった私は、茶理庵に通うようになってから、「決まった時間に勉強する」ことが大変でした。

けれども茶理庵に通っているうちに、勉強をするということが「あたりまえ」になっていきました。

 

「時間の流れは、思っている以上に速いんだよ」と言われたときに、

「え~そうかなぁ」と疑っていたけれど、実際6年生になってみたら、本当に時間が足りなくて…。

覚えることがたくさんあって、いつしか、時間を惜しむように勉強している自分がいました。

 

そうこうしているうちに、「コロナ」で学校見学にも行けないまま入試当日となりました。

オンラインで観た学校と実際に訪れて見る学校とは、雰囲気が違って感じられ緊張しました。

でも、より一層、この学校に来たい!という気持ちが改めて芽生えました。

その気持ちが通じたせいか、自分のお気に入りの中学校から合格をもらえて、とてもうれしかったです。

これからの学園生活を、今からとても楽しみしています!!

アラレちゃん(小学5年生から入塾)品川女子学院中学 他、合格

私の中学受験のスタートは、「5年生の秋から」というおそろしく遅いスタートでした。

でも、茶理庵は、しっかりめんどうを見てくれました。

 

たくさんの苦労を経て、月日は流れて、入試本番。

私はとても緊張していました。

しかし、緊張などしていては「とても合格できない」と思い、気合を入れて何度も深呼吸して試験に臨みました。

…結果は不合格。。

私は頭の中が真っ白になりました。

私が一番行きたかった学校は、まだあと2回チャンスが残っていたので、そこから必死に勉強して入試に挑みました。

でも、結果は不合格。

その時、私は「合格と不合格の大きな壁」が見えた気がしました。ハッキリと。

 

しばらくして一本の電話が来ました。

一番行きたい学校からの「くり上げ合格」の通知でした!

まったく想像していなかった私は、あまりの驚きに固まってしまいました。

本当にうれしかったです。

私は、茶理庵を選んで、良かったと思いました。今度、遊びに行きたいと思います。

モカブラウン(小学6年生から転塾)田園調布学園中学 合格

私は、茶理庵に入塾してたちまちのうちに、この塾が大好きになりました。

最後まで楽しく塾に通うことができました。

私の入試は、12月に始まり、2月の6日に終わりました。

12月に「帰国子女入試」を2校受け、そのうち1校の合格を手にすることができました。

合格した学校は、それまで受けてきた模擬試験でもずーっと合格可能性が「80%以上」の学校でしたが、

それでも合格を知ったとき、ホッと全身が「安心感」に包まれました。

 

2月1日は、第一志望校を含む2校を受験しました。あまり緊張はしませんでしたが、結果は「不合格」でした。

すごく悔しい思いでいっぱいだったけれど、まだ5日があると思いなおし、茶理庵の教室に行きました。

すると、ドアの前でテツジンが待っていてくれて、「お守り」を手渡してくれました。

そこから、5日の試験まで「とにかく勉強するしか、合格をつかむことはできない」と思い、つらさや悲しさを抑えて、必死に取り組みました。

そして、5日。

緊張して家を出発しました。

駅に着くと、なんとチャーリーとテツジンの2人がそろって来てくれていて、順番に握手をして話をしたので、

少し心を落ち着かせ、会場へ向かうことができました。

しかし、結果は不合格でした。

振り返って、自なりに「やり切った」ので、悔いはありません。

最後の最後まで、私を応援し続けてくれたチャーリー、テツジン、本当にありがとう!

UPBEAT☆ガール(小学6年生から転塾)日本大学藤沢中学 他、合格

新6年生の2月。

私は、個別指導の塾から茶理庵へ移ってきました。​

その時の私は、それまで個別指導の塾に2年間も通っていたのに、

「〇〇算」や「数の性質」などの受験算数のキホンの“キ”すらも分からない状態でした。

そして、茶理庵での初めての授業。

私はひどく落ち込みました。

みんながふつうに解けている問題が、

私はまったくと言っていいほど、できなかったからです。​

家に帰って、ママと一緒に夜中の12時ぐらいまでかかって、

「本当に問題がわかったのか?」チェックをしていました。​

まあ、今になってみると、

1月校に落ちた後と、この頃が1番がんばっていたような気がします。

月日が流れて、夏期講習。

私は、夏休みにサボりにサボりまくってしまいました。

ユーチューブやゲーム三昧。

ひとことで言って、「まったく勉強しない状態」でした。

今になっては、第一志望校に届かなかったのは、この夏休みに原因があった、という後悔だけです。​

さらに月は流れて、待ちに待った受験当日。

私は自分に「絶対、合格できる!」と言い聞かせて、試験に臨みました。

前々から、テツ子ちゃんには、

「ハイテンションになると記憶すら残っていないから、とにかく落ち着いて」

と言われていたのにも関わらず…結果は不合格。

私的にはショックでした。

ここまで書いて、これから受験に臨む子たちに伝えます。

①夏休みは、絶対にサボらないこと。

​②何をするにしても、まずは落ち着いて。

です。

最後に、私を「ちょっとヤベ~人」から「普通の人」に変えてくれた、

テツ子とチャールズ、同級生のみんな、

本当にありがとうございました。

あなた方を私は決して忘れません!​

P.S. この前、学校のWEBテストで数学100点とりました!!!準備授業のおかげです。

​私は、“数学できる子”に生まれ変わりました!(^▽^)/

ごまちゃん(小学4年生から入塾)日本大学藤沢中学 合格

私は、小学4年生の初めに茶理庵に入塾しました。​

入塾したころは、授業の内容についていくことができました。

でも、5年生、6年生と学年が上がるにつれて、

内容も難しくなり、出される課題も増えていきます。

次第に私は、授業についていくのもやっと…という状況になっていきました。

結果として、私の中学受験は2月6日までかかりました。

精神的にも、体力的にも、とても大変でした。

入試の最中に腹痛が起きたり、手が震えだしたり…。

​一番困ったのが、鼻血でした。

毎回と言っていいほど、試験前に鼻血が出て…。

ティッシュを鼻に詰めて、その上からマスクをして、試験を受けていました。​

​アクシデント続出で大変だったけど、なんとか無事に、全試験を終えました。

​とくに印象深かったのは、「日藤」の入試でした。

​1番はじめの国語で、

時間を見ずに、記述問題の自分の解答を直そうと消しゴムで消した瞬間、

試験終了の合図が鳴ってしまいました。

私は、他の教科でこの失敗の挽回をしようと思いました。

すべての科目の試験を終えて、半ば絶望的な気持ちで家に帰り、発表を待ちました。

結果は、合格でした!!

受験番号を間違えてはいないかと疑ったり、なかなか信じることができませんでした。

ホッとしました。

とてもうれしかったです。​

受験の後半に差しかかった頃、チャーリーとテツジンがWで応援に来てくれたことも、

とてもうれしかったです。

私はバレエを6年間やりたいと思って、中学受験を決意しました。

だから、受験が終わった今、毎日バレエができて幸せです!

皆さんも、何か目標をもってください。

そして、その目標に向かってがんばってください!

応援しています。

炒飯☆ギョーザ(小学4年生から入塾)神奈川大学附属中学 他合格

入試までラスト1週間は学校を休むことにして、

塾の授業が始まる前まで、家で自習していた。

いつも自習が終わると眠くなってしまい、

肝心の塾の授業の内容が頭に入らない時があって、

集中力もかなり落ちているのが自分でもわかった。

5年生の時には、土日に2時間半勉強しただけで、

「多い」と感じられていたのが、「すごく短い」と思えた。

もっと時間が欲しいと感じた。​

入試までの7日間は、なぜか計算ミスや問題の読み間違いが急に増えだし、

すごく不安になって、よく泣いていた。

それでも無我夢中で勉強して、第一志望校の1回目の入試で合格することができた。

結果発表の時は、すごくドキドキしたが、

合格だとわかった瞬間、うれしくてうれしくて10分間ぐらい大泣きした。

それ以降の入試はキャンセルして、

翌日、学校に行った時、自分以外の受験生はまだ一人もいなかった。

2月3日からは、徐々に合格者が学校に来るようになるのだろうが、

ちょっと優越感を感じ、家に帰って親に自慢した。​

親が、「この3年間、『勉強しろ』と言った覚えがない」と言っていた。

中学受験を志して、受験勉強をしていく中で、

すごく自分自身が成長したような気がした。

​大魔王帝国(小学4年生 冬から入塾)渋谷教育学園渋谷中学、東京学芸大世田谷中学 他合格

4年生の12月に「中学受験をする」と決めた私は、最初の塾を「茶理庵」と決めました。​

人見知りが強めだった私は、茶理庵での初めての授業で、

3、4年生から通塾している子たちと馴染めるのか心配でしたが、

​チャーリーとテツがフレンドリーに話しかけてくれて、すぐに茶理庵が大好きになりました。​

チャーリーとテツの授業がすご~く楽しくて、

茶理庵に通うことが、私にとって「一つの楽しみ」になっていきました。

しかし、“楽しいだけじゃ受験を乗り切れない”ことを、初めて実感したのは、

第一志望校の算数の過去問を解いた時でした。

​算数は得意科目だったのに、とても難しく感じられ、わずか26点しかとれませんでした。

(ちょっとナメていたな…と思い、かなり反省しました。)

それからの夏期講習は、テツとチャーリーに質問しながら、頑張るギヤを上げました。

でも、長くは続かず、9月に入り、少し成績が上がり始めると、

「ちょっとくらいサボっても、大丈夫なんじゃね?」と、だらけ始めました。

「成績というものは、とっても正直者」で、

10月の合不合判定模試で第一志望校の合格可能性が10%に落ちてしまい、

​かなりの絶望を感じました。

それからも、成績は上昇・下降をくり返し、気がつけば冬12月になっていました。

残り50日を切り、やっと「超本気」にならなければならないと気がつきました。

チャーリーから、苦手な単元の理科と社会の課題を出してもらい、

とにかく、数多くこなすことに専念していました。

そんな時、チャーリーに、「多くこなせば、イイってもんじゃない」と言われ、

気持ちだけが興奮して、

勉強をテキトーな流れ作業にしてしまっている自分に気がつきました。

いざ、2月1日。

私は、渋谷教育学園渋谷を受験しました。

結果が不明なまま、午後に広尾学園を、2日には、渋渋の2回目を受験しました。

2月2日の受験では、チャーリーからの助言を思い出し、着席して掌に“5”を書きました。

​試験会場から出てきた私を待ち受けていたのは、

渋谷教育学園渋谷の1回目の不合格でした。

午後は、茶理庵の教室に行って、次の受験に向けて勉強することになりました。

勉強しながら、ふと「今日、合格した人たち」のことを想像すると、

チャーリーが12月に「合格と不合格とは、別世界だ」と話していたのを思い出し、

心の底から、実感しました。​

この席で、つい 一昨日まで肩を並べて笑い合っていた仲間たちとの、

合格と不合格との間にできた大きな壁を感じ、

受験生活の中で、一番悲しくてつらい瞬間でした。

しかし、いくら悔やんでいても、

今の私には、死にもの狂いで勉強する以外にすることはない、と思い直し、

とにかく、とにかく、必死に取り組みました。

2月3日の東京学芸大学附属の受験は、

「必勝を期す」や「(茶理庵神社の)お守り」に書かれていたことを思い出して、

とにかく「ていねいに」受けることに集中しました。

受験が終わり、出てきた時、母から伝え聞いたのは、

あきらめかけていた第一志望校、渋谷教育学園渋谷中学の第2回試験の合格でした。

嬉しさと喜びが身体の奥底から、止めどなく湧きあがってきて、

世界が明るく見えました。

楽しくてたまらなかった茶理庵生活を作り上げてくれたチャーリーとテツに、

合格を伝えることができて、本当にうれしかったです。

茶理庵生活が終わってしまうのは さみしいの一言ですが、

「行きたかった中学校」で、精いっぱい楽しみたいと思っています。

2年間を支えてくれた茶理庵に感謝!

​そして…これからも遊びに行きます^^

なぞのカリンさま(小学4年生から転塾)森村学園中等部 合格

「あ〜っ」

1月校の結果を見て初めて私は、受験の中の「競争」という厳しさを知った。

私は、合格最低点まであと3点 だった。

この結果を知った私は、すごく悔しくて悔しくて、頭の中が真っ白になった。​

このままいくと、2月の本番でも「ちょっとの差」で落ちてしまう…と こわくなった。

悔しさを胸に「もっとがんばらなきゃ!」と思った。

とにかく、一つ一つていねいに、復習を優先して、けれども暗記もしっかりと。

このことを肝に銘じて、毎日くりかえしていたら、

「あっ」という間に2月1日になっていた。

とにかく全力で一問一問 解いた。

…と、気がついたら、もう試験は終わっていた。

その後、茶理庵に寄って勉強してから、家に戻った。

家に帰ったら、もう結果は出ていた。

結果は…「不合格」。

私は、もう本当に悲しくて悔しくてたまらなかった。

でも明日もある。

早く立ち直らないと、と思っていたが、2日の2回目の入試も不合格だった。

もう勉強しまくった。

チャンスは3回しかない。今度の第3回入試が最後のチャンス。

今度、不合格だったら、第一志望校にはもう行けない。

森村学園の入試のチャンスは3回あるけれど、

募集定員は毎回減っていくし、だんだん難易度(偏差値)は上がっていく。

第3回入試日まで丸1日空いたので、勉強しまくった。

そして、結果は「合格」!

うれしかった。

目の前がパッと明るくなった気がした。​

​中学受験は「いい経験」になった、と改めて思っている。

むっくりチャリ子(小学4年生 冬から転塾)神奈川学園中学、実践女子学園 他合格

漢字なんか書けなかった。

漢字の練習なんかしたこともなかった。

計算だって。

勉強する意味も理由も わからなかった。

「勉強しても、イイことなんかない」と思っていた。

だって、勉強しても、誰にもほめてもらったことなんかなかったから。​

Nから茶理庵に転塾するまで、塾は学童みたいなもの、

遊んでいればいいと思っていた。

遊んでいても、誰からも何も言われたこともなかった。

でも、ここ(茶理庵)では違った。

ここに来たら、そんな余裕はなかった。

でも、かと言ってイヤなことだらけだったわけではない。

先生たちとの毎日の会話が、すごく楽しかった。

とくに、チャーリーなんか、本当のおじいちゃんみたいで、​すごくかわいがってくれた。

5年生になってから、漢字の小テストの点数が少しずつ上がってきた。

これは、テツジンのおかげだ。

(もちろん、チャーリーも関係しているけれど)

毎日、授業を受けた後、チェックしてもらっていた。

「家で勉強できない子」だったから、授業がない日も教室で勉強するようになった。

そうこうしているうちに6年生になって、漢字テストも合格するようになり、

テツジンの漢字チェックはなくなった。

でも、もうほとんど、落ちることはなくなっていた。

たくさん怒られもした。

三者面談もしたし、授業を受けさせてもらえずに自習したこともあった。

がんばって褒められようともした。

(ほめてもらえなかったけれど)

でもそれは、ほめられると安心してしまってやらなくなる自分だから、​しかたのないこと。

夏休みが終わり、2学期になって、冬休みも終わって、ついに残り1日になった。

塾で、「当日の流れ」の説明を聞いていたので、

そのおかげでバタバタすることなく、当日の朝を迎えられたと思う。

受験が終わって、今思うことがある。

これからの私は、自ら勉強に取り組みたい。

​中学生になったら、学年の上位4分の1以内の成績を目指している。

スリープボーイ一世(小学4年生 夏から転塾)神奈川大学附属中学、三田国際学園中学(インターナショナルクラス) 他合格

僕は4年生の終わりに、S〇〇〇Xから茶理庵に移ってきました。

茶理庵に入ってから、毎日の勉強量がとても多くなりました。

と言っても、S〇〇〇X時代は「まったくしていなかった」ので、

​「多くなった」と言っても、それが普通だったのですが…。

しかし、宿題を大量に忘れたり、失くしたりして、チャーリーに何度も叱られました。

5年生の後期には、「追試イエローカード30枚 キープ」という、茶理庵始まって以来の快挙(?)を成し遂げました。​

それでも、親やチャーリーとテツは見放すことなく、僕を支えてくれました。

そして、迎えた2月1日の午前・午後は、ともに第一志望校だった広尾学園を受けました。

結果は、まさかの不合格💧

翌2日には、第2志望校の神大附属だったので、気合を入れ直しました。

しかし、たしかに気合を入れ直したはずだったのに、

ここで「筆箱を忘れる」という予期せぬ事態に…!!

ポケットになぜか入っていた、鉛筆と消しゴムとで最大のピンチを切り抜け、

そのまま合格!

入学することになりました。​

ここで僕が言いたいことは、一つ。

「油断大敵」と「備えあれば憂いなし」ということです。

あ、二つでした。

受験生の皆さん、このことを胸に刻んでおいてください。

Tの多すぎる人間(小学5年生から転塾)神奈川大学附属中学、青山学院横浜英和中学 他合格

ある塾で成績が最下位に近かった僕は、5年生の春が終わる頃「茶理庵」の体験授業を受けてみました。

実を言うと、最初に「塾選び」をした時、ここ(茶理庵)も候補に入っていました。

でも、塾の名前も変だし、規模も小さいし、塾長の写真も変だし、別の塾を選んだのです。

でも、その時の選択はまちがいでした。

茶理庵は、僕を最後の最後まで引っ張ってくれました。

決して忘れることのない「大切な場所」=僕の“アナザースカイ”です。​

その後、茶理庵の中で4位という成績まで上り詰めた僕に、最大のピンチが訪れました。

四谷大塚の「合不合判定テスト」で、史上ドン底の成績をとってしまったのです。

でも、そのせいで僕の尻にもやっと火がつきました。

一時は、「“志望校変更”もやむなし」と覚悟した時もありました。

が、なんとか試験日の2月2日を迎えました。

入試本番の当日が来ました。

学校の前まで行くと、そこには、なんと!!テツジンが来てくれていました。

チョコレートをもらって、とても元気が出ました。

試験と試験の間にチョコレートを食べて、脳みそリフレッシュ!

最後までがんばりました。

そして、結果は…合格!この瞬間の気持ちは忘れられません。

​がんばれ、16期生、17期生!!

キモーズ2号(小学5年生から転塾)暁星中学 他合格

5年生の時に茶理庵に入ってから僕は、2年間の間で、茶理庵のことが大好きになりました。

しかし、茶理庵をどれだけ好きになっても、

受験勉強がうまくいくとは、かぎりません。

僕の成績は一向に上がってくることなく、そのまま6年生の夏を迎えてしまいました。

「このままでは、まずいぃぃぃ~!」と思った僕は、

夏休みはがんばり、少しずつ成績が上がり始めたのに、

秋になるとまたダラけはじめ、

上がった成績も、一気に急降下したりしました。

僕は、まるでジェットコースターのように

すごいスピードで上がったり下がったりをしながら12月を迎え、

ついに家族会議で、それまでの第一志望校を変えることを決断することになりました。

暁星中学を第一志望校に上げ、そこからは必死にがんばりました。

本当に、そこからは必死にがんばったことしか憶えていません。

2月3日。

暁星中学の試験の最中に「腹痛」が起き、大ピンチに陥りましたが、

精神力で切り抜け、なんとか全科目 無事に終了することができました。

そして、結果は「合格」でした!

僕は、今回の僕自身の何年間かに渡る“受験”は、

本当に将来の自分の役に立つと確信しています。

この経験を活かし、中学、高校、…これからは、どんな苦難にもひるまず、​

チャーリーがノートに書いてくれた

「人生に、“もう、まに合わない” ということはない」

という名言を心に刻んで、やっていきたいと思います。

そして、最後にこれを読んでくださっている皆さんに、僕からも名言を贈りたいと思います。

「“ピンチ”と思った時が、一番の“チャンス”である。」

​受験生の皆さん、全力でがんばってください。

応援しています。

​てつじん4号(小学6年生から転塾)頌栄女子学院中学 他合格

私は、小学6年生の初めに茶理庵に入塾しました。​

それまでは、有名な大きな塾に通っていたのですが、

算数や理科がどうしてもわからなくて、

毎日、授業が終わって帰宅してから父に教えてもらう日々でした。

でも、それでは、だんだんと「間に合わなくなって」きて、

心機一転、茶理庵に入塾しました。

入塾して初めてチャーリーから出された課題は

「春たけなわ」という変な名前のついたプリント集でした。

もらった当初は「やる気マンマン」でしたが、他にもいろいろやることがあって、

しかも まだ茶理庵のペースに慣れない私にとって、初めて感じた「山」でした。

全然、進まなくて、チャーリーに怒られて、超特急でやったのをよく憶えています。

結局、その時の「チェックテスト」は合格できなかったけれど、

「○△算」という特殊算がかなり解けるようになったように思えます。

そして5月。

本当に、大きな大きな課題が出されました。

それは“ピンク”とみんなに呼ばれていた問題集です。

それも私は「春たけなわ」に続けて、

私の力ではどうすることもできずに放置してしまいました。

そこで、またもやチャーリーに叱られ、やっと渋々やり始めたのは8月頃でした。

でも私は、そこからものすごいペースでやりました。

後で、このときに、きちんとやっておいて良かったな、としみじみ思いました。

本番の入試問題にも、やった問題がいくつも出たんですよ!

(ちなみに、私はこのテキストを入試の算数の直前まで見ていました。)

とても、安心できました。

他にも、私の大好きな「相似形」がたくさん載っている「G7」や、理科の“ピンク”も、

本当にやっておいて良かったと思いました。

今まで大キライだった理科は、

合不合判定テストで偏差値「60」近くとれるようになって、

私にとって「一番スキな教科」になりました。

理科を教えてくれたテツジンは、

「キライ」を「スキ」に変えてしまう“達人”だと思います。

テツジンは、授業の中でたくさん笑わせてくれます。

テツジンの授業で、「授業が早く終わらないかな~」なんて思ったことは、一度もありません。

いつも気がつくと、「あれ?もうこんな時間!!」となっているのでした。

チャーリーの授業は、“おもしろい”と言うより、「ウケる~♪」という感じです。

最後の方でチャーリーが、自分のことを「神の使い」とふざけていたのを憶えています。

そんな姿を見ていると、母や父(やチャーリー本人)に怒られた後でも、

自然と明るい気持ちになれました。​

これから毎日、あの元気な二人の顔が見られなくなるのかと思うと、

少しさみしくなります。

私は、2月1日の第一志望校、頌栄女子学院が不合格でした。。

2日の午前のS中学の結果も不合格で、

2日の夜はさすがに心が折れそうでした。​

けれど、3日の普連土学園の合格を知って、だいぶ心が楽になりました。

そして4日は、テツジンに算数と理科の“予想問題(5日の頌栄 対策)”を出してもらい、

教室で自習していました。

そこへ、一人の男子が入ってきました。

「合格しました!」とその子が言ったのを、私は背中で聞いていました。

茶理庵では、普段、男子も女子もみんな和気あいあいとしていて、仲も良かったのですが、

その時、私は振り向くことができませんでした。

「おめでとう!」と声をかけることもできなかった。。

私は…悔しかった。

私も言いたい。早くチャーリーやテツジンに聞かせてあげたい。

その日、その後、家に帰ってからも、

テツからもらった「予想問題」を2~3時間ぐらい解いていました。

“あの時”が、たぶん今までの人生の中で一番 悔しく歯がゆい瞬間だったと思っています​

そしてそして2月5日。

私の第一志望校、頌栄女子学院の2回目の入試でした。

朝、学校に行くと、校門の近くにチャーリーとテツジンの2人が そろって待っていてくれました。

2人と握手して、学校に入りました。

入試が終わってからは、母とおしゃべりしながら家路につきました。

そしていよいよ発表の2月6日。

私は、発表を見に行ってくれた母に電話をしました。

「どうだった?」

母は(わざと)暗い声を出しながら「どっちだと思う?」と言って、一瞬 間が空きました。

私は、ドキッとしましたが、「おめでとう!」と母の声が聞こえてきて、喜びが爆発、噴火しました。

飛び叫ぶ私に弟が心配して「どうしたの?」と聞いてきました。

「合格だって!!」と言ったとき、実感がわいてきました。弟も喜んでくれました。

最後に、最後の最後まで、私と共にハラハラして、喜んでくれたチャーリー、テツジンに、

ありがとう!

これからもたくさん遊びに行きます!

テツジニスト(小学6年生から転塾)法政大学第二中学 他合格

僕は小学3年生の頃から、中学受験とは関係ない塾に通っていました。​

4年生になって、塾を変えないまま中学受験勉強を始めましたが、

受験勉強の内容は難しく、ヤル気もほとんど出ませんでした。

そのまま6年生を迎えてしまい、

今になって思い返すと、

勉強の仕方もわからないままに、ただがむしゃらに文字を書いているだけでした。

当然、第一志望校にはお門違いな成績が続き、入試本番まであと4ヶ月と迫った10月から、

茶理庵に思い切って移籍しました。

茶理庵で授業を受けるようになって、ようやくはじめて受験勉強の方法がわかってきました。

教えてもらったことはいろいろありますが、一番うるさく言われたのは、「授業の復習をきちんとやる」ということでした。

さらに、苦手だった算数は、問題集の中からテツジンが志望校の対策として指定してくれた問題だけを、解き方を理解するまで何度も何度も繰り返して、解き続けました。

また、過去問などでわからない問題が見つかったら、

直ぐにチャーリーやテツジンに質問に行って、

「分かる問題」「解ける問題」を増やしていきました。

それから、成績が少しずつ上がっていくのが、自分でもわかり、少し自信がつきました。

それでも、入試直前に、過去問で「合格最低点」を下回ることもあり、

自信と不安の入り混じる不安定な気持ちのまま2月1日を迎えました。

2月1日は、午前、午後ともに、日本大学中学を受験しました。

午前の試験で、算数の手応えが良くなく「あ〜もうダメだ」と思いました。

でも、茶理庵に電話して、テツジンと話すと、少し元気が出てきました。

そのおかげもあって、午後もがんばって問題を解けました。

その日の夜、不安だった「午前の試験」でも”合格”しているのを見て、

すごーーーーーく安心しました。​

いよいよ次の日、第一志望校の「法政大学第二中学校」を受験しました。

その日の朝、なんと!!!

試験会場にテツジンが来てくれていました!

問題を解く時のコツを確認して、最後に「ガンバってこいよ〜!」と言って、送り出してくれました。

そのおかげで僕は、全力で問題に取り組むことができました。

結果は、見事に合格することができました!

合格を知った瞬間の喜びは、絶対に忘れられないと思いました。

メルカリ専門家(小学3年生からの入塾)芝中学 合格

中学受験をすることになった僕は、いくつかの塾を見学した後、茶理庵に入塾を決めた。

小学3年生の冬のことだった。​

ほぼ休むことなく、本番の入試前日まで茶理庵の教室へ通い続けた。

5年生までは、模擬試験の結果も悪くなく、「このままの調子でいければいいな」と思っていた。

しかし、6年生の後期、四谷大塚の「合不合」を受け始めると、

ずーっと点数が悪いままで、このままでは「落ちる」と思えはじめ、

急にこわくなってきた。​

一番苦手だった国語に悩んでいたとき、チャーリーに「苦手な国語をなんとかしようと思うのではなく、算理社で国語の分を稼いだら?」と言われ、「あ、そうか!」と思った。

それからと言うもの、僕は算理社の三教科を必死に勉強した。

チャーリーやテツジンに出された課題は、

とても大変だったけど、あきらめないでやり切って、

2月1日に第一志望校の芝中学校を受験した。

案の定、国語に自信は持てなかったが…

算理社には手応えがあった!!

チャーリーにそう伝えたら、「聞かなかったことにしとく」と言われたが、

翌日の結果発表で、見事に自分の手応えがまちがってなかったことが証明できた。

合格だった!

「合不合」とかの模擬試験の「合格可能性の数値」が低くても、

チャーリーやテツジンからの課題をこなしたことが、合格へつながったのだと思った。

“「合格」は勝ち獲るもの”

​今も、これを書きながら、とてもうれしい。

ラムネ君(小学3年生からの入塾)芝中学 他合格

2月1日の朝、「やるべきことは全てやった!さあ、行くぞ!」と心を躍らせている僕と、

不安と緊張に押しつぶされそうになっている僕がいました。

試験中、算数に失敗したようでとても不安になってしまいました。

それでも、あきらめずに全教科最後まで問題用紙に向かいました。

2日目。

理科がうまく解けませんでしたが、おかげでかえって気合が入ったのか、

これまで過去問で大苦戦していた算数に、ばっちり手応えを感じとることができました。

ところが、帰宅して報されたのは、「第一志望校の不合格」の結果でした。

僕は目の前が真っ暗になったようで、大泣きしてしまいました。

でも、母とチャーリーから「檄」をもらって、なんとか気持ちを奮い立たせました。

そして、3日目の入試に向かいました。

入試会場に入る直前に、電話でチャーリーからかけてもらった言葉は、そのまま僕の勇気に変わりました。

4日目。運命の芝中学校の入試日。

僕は「背水の陣」で臨みました。

電車の中では、とても緊張して、脈拍がとても激しくなっているのが自分でもはっきりとわかりました。

それでも、「今までの自分の努力や苦労…といった何もかも全部」を信じよう、と思ったら、少し落ち着きました。

​芝中学校の合格を知った時の感激は、一生忘れることはありません!!

​​合格してから、チャーリーやテツジンが口癖のように言っていた

「空欄を残さない」

「最後まで、見直しを忘れない」

「授業の復習をしっかりする」ことの大切さを、しみじみと感じました。

この合格は、「茶理庵なしでは到達できなかった」ものだと思います。

これからも、チャーリーやテツジンから学んだことを活かして、今後の中学生活につなげたいと思っています。

僕は絶対に、チャーリーやテツジン、そして 教室のみんな…茶理庵のすべてを忘れません!

ムスカリ娘(小学6年生からの転塾)田園調布学園 他合格

私は、4年生から別の大きな塾に通っていました。

が、5年生から6年生へと学年が上がる時期に、母の提案で、茶理庵に通うことにしました。​

茶理庵に通う中で最も嬉しかったことは、

もともとあまり社会が得意ではなかった私が、

社会の「100ラウンド」というテストで94点をとれたことです。

その反対に、茶理庵では小テストを受けて合格しないと、

「追試」を受けなくてはならないシステムになっていて、

追試を受けなかったり、また落ちてしまうと、「追追試」「追追追試」…と、

どんどんたまっていってしまうのですが、それを解消することが一番つらかったです。​

受験では、2月1日受験初日に受けた2校に「合格」をいただけました。

心の中の「真の第一志望校」には届かなかったけれど、

私的には、本当にやり切ることができたので、悔いはまったく残っていません。

そして、私の人生において、「中学受験が終わりではない」ので、

私はこれからもがんばろう!と思います。

本当に、茶理庵に移ってよかった、と思っています。​

最後に、

茶理庵は、楽しく話せ、わかり合える友達がいたり、

信頼できるテツやチャーリーがいて、

私にとって「もう一つの学校」のようでした!!

ヘラヘラ口答えお花畑(小学6年生から転塾)青山学院横浜英和 他合格

僕は、小学4年生から中学受験のための塾に通っていましたが、3年間の間に塾を転々としてしまい、6年生になって、茶理庵が僕の終着駅になりました。​

本気でがんばれる塾をようやく見つけ、スタートを切った僕でしたが、安心してしまったのか、だんだんだらけてしまいました。

自分ではがんばっているつもりでしたが、夏休みの課題の確認テストになかなか合格できなく、何度も何度も何度も「追試」を受ける日々が続きました。

そして、その追試は、夏休み中に終わらせることができず、

その時はじめて「受験勉強の大変さ」を思い知りました。

9月になって、三者面談で、

「夏休みの勉強が うまくいってなかった」

「予定より、2カ月ほど勉強が遅れています」と告げられ、

それから入試本番までの日々は、壮絶なものでした。

月日が進んでも、僕の合格可能性はずっと低い状態のままでした。

ある日のチャーリーの言葉が、今も印象に強く残っています。

「『力』は上がってきている。だけど、これから大切なのは、”上がっていく角度”だゾ」

この言葉には、とても勇気づけられました。

さらに、父と母が受験生本人の僕より本気になってきて、

暗記や算数でかなり協力してくれました。

2月1日に、行きたかった学校に合格できました。

青山学院横浜英和は、僕らが男子の1期生です。

つまり、僕らが「学校の歴史の1ページ目」になることになります。

「なかなか経験できることではないよ」と、父やチャーリーからも言ってもらえました。

がんばって、合格できて本当にうれしいです!

綿織 圭(小学6年生からの転塾)日本大学中 他合格

4年生から受験勉強を始めた僕は、茶理庵にたどり着くまで、いろいろな塾に通いました。

なかなか成績が上がらなかったからです。

でも、茶理庵に来てからはじめて僕は、受験勉強の大変さに気がつきました。

12月になり、少しずつ「勉強の仕方」もわかってきて、自信がつきかけたところで、

最後の模試でかなり点数が下がってしまい、ひどく不安になってきました。

2月1日。日本大学の入試に落ちてしまい、絶望的な気分になりました。

そして、「このまま、どこも合格らなかったら、どうしよう…」と、

不安になる一方でした。​

翌日は、僕は午後からの受験しかなかったので、

テツが僕だけのために教室を開けてくれて、勉強を見てくれました。

一緒に1日目の問題をチェックして、「予想問題」も出してくれました。

その結果、2日目に、僕は第一志望校の「日本大学中学」に合格することができました。

「合格」を知った瞬間、うれしさが爆発しました。

​チャーリーやテツジンに教えてもらったいろいろなことを忘れずに、

中学高校生活をがんばりたいです。

これからの毎日がとても楽しみです。

ラピスラズリ(小学4年生からの入塾)田園調布学園 他合格

2月1日 私は第一志望校に落ちました。

2月2日 第二志望校も落ち、第三志望校でやっと「合格」をもらえました。

2月4日 第二志望校に再チャレンジし、「合格」をつかめ、ホッとしました。

実は、2月2日の田園調布学園の入試は、自分でも手応えがあって、自信をもっていました。

ところが、まさかの不合格・・・(´;ω;`)

目の前が真っ暗になったかのように感じました。​

でも、テツから電話をもらい、「きっと あと1~5点差だったと思うよ」と聞いたら、

悔しさがムクムクこみ上げてきました。

2月4日にリベンジ(合格)できた瞬間は、あまりに嬉しく、

感激のあまり涙が止まりませんでした。

私が中学受験で、とても努力したこと、それは、周りのみんなに言われ続けたこと。

「文章をよく読む」です。

いつもいつもいつもいつもいつもいつも…(永遠に続く)…

父、母、テツ、チャーリーから言われていました。

受験が終わって今、私は「遊び放題」になっていますが、中学生になったら、がんばりますよ!

13期生は、私以外全員 男子だったけれど、たくさん笑い合えて、とても楽しかったです。

​茶理庵には、たくさん感謝しています。

ジャンボ尾崎(小学6年生 秋から転塾)日本大学中学 他合格

僕は、受験最終日で、第一志望校の日本大学中学校に合格しました。

「合格」までには、本当にいろいろありました。長い長い道のりでした。

6年生の夏まで通っていた塾があったのですが、「このままでは落ちてしまう」と思い、

母と一大決心をして、茶理庵に移ってきました。

茶理庵に通い始めたころは、「授業終了が21時」ということにビックリしました。

気合を入れてがんばってましたが、慣れてくると、少しずつ手を抜いていくようになりました。

野球を休部してからは土日は、母と2人でみっちり勉強していましたが、

平日になると、ダラダラしてしまっていました。

1月になって、土佐塾中学を受験した時、他の4人のメンバーは合格しているのに、

自分1人だけが落ちてしまいました。

それから、その直後はやる気を出していたのですが、長く続かず、ほとんど勉強しなくなり、

自習にも行かなくなっていきました。

ある日、チャーリーから、

「K?君は何のために茶理庵に移ってきたんだ!? それを思い出せ!」と叱られました。​

それで、スイッチが入った僕は、学校が終わったら速攻で茶理庵に行って、

勉強をしっかりすることができるようになりました。

その結果、2月5日、僕にとっての受験最終日の土壇場で、

倍率15倍の日本大学中学校の合格ラインを突破しました。

ポムポム(小学5年生から転塾)日本女子大附 他合格

受験前に一つ話しておきたくてメールを送ります。

茶理庵に入ってから、二年間ほどがたちました。

茶理庵に入った理由は他にもなく成績がまずかったからです……。(ーー;)

私が中学受験をしようと思った理由は、親に勧められたから。

どうして、その気になったのか?と言うと、

テレビで『中学受験をした方がいい』という情報を聞きかじったからです。

塾に入る試験を受け、いざ塾に入ると、

今まで全くと言っていいほど勉強していなかった私には、

死ぬほどきつい勉強量がのしかかってきました。

毎日変わる単元。追い付けない自分。

最初は順調にいっていたのに、いきなり急降下する成績。

そして、何より辛かったのは、怒られることでした。

成績が下がっていくたびに怒りをぶつけ合い、精神的にまいってしまいそうでした。

習い事と両立するのも大変で、ちょくちょく休むようになってしまいました。

そんなある日、お母さんの怒りが爆発し、

とうとう「塾を変える!」と言い出しました。

私はその言葉にそうとう怯えてしまいました。

なんだか、負け犬のようで怖かったんだと思います。

それに、次の塾がみんなガリ勉だったらどうしよう……。とも思いました。​

そこで、茶理庵と出会いました。

行ってみた茶理庵は楽しく、私は一瞬で引き込まれました。

何度か通って、茶理庵に通うことに決めた理由は、

なんだかんだ言って、茶理庵の魅力にひきこまれたからだと思います。

そんな大好きな茶理庵でも、何度も挫折しそうになりました。

中でも大変だったのは六年生の後期です。

首都圏模試ではまあまあだった成績が、一瞬で下がったときのことです。

返ってきた成績を見たときの私は『は?何コレ?』でした。

合計点数が100点ほど下がっていて、合格可能性の%もドンッと下がりました。

最初のうちは『大丈夫だよ。今回だけ。今回だけ‼』と慰めてくれていたお母さんも、

度重なる悪い点数に 日に日にイライラが高まっているのが分かりました。

(今はもう大丈夫ですが^^)

そんな危機もなんとか乗り越え、私は今に至ります。

辛くて泣いた日もあったし、もう無理って思った日もありました。

でも今になって考えると、やめなくて良かったなぁ、って思います。

茶理庵のみんなに会えたことも感謝感謝!ですね!

「必勝に期す」の最終回感動しました。

やる気出ました。

あとは神に祈るだけ!頑張りますよ!

嬉しくて泣くのは
悲しくて笑うのは
君の心が君を追い越したんだよ

もし自分の心が自分を追い越したんなら泣きたいし、

追い越してないんなら 笑いたいと思います!WW

最後に大好きだぁーーーーー‼!!!
(*^-^)/\(*^-^*)/\(^-^*) 2017/01/31

シーホークス(小学4年生からの入塾)横浜国大附、法政二中 他合格

中学受験で一番つらかったのは、スポーツ(アメフト)と塾の両立でした。​

この両立を、僕はチームが試合で敗れ引退する6年生の11月まで、ずっと続けてきました。

ただでさえ大変な受験を、激しい運動量のアメフトと両立させることは、

体力的にも精神的にもかなり負担がかかり、

とにかく「キツかった」の一言しか思い浮かびません​

練習や試合のために、他の人よりも圧倒的に勉強に使える時間が少なかった僕は、

夜は「12時までやる!」と決めて受験勉強に取り組みました。

​が、それでも、模擬試験ではいい結果がまったく出ませんでした。

アメフト(小学生チーム)を引退したことで、やっと土日が勉強に使えるようになって、

一気に勉強量が増えました。

でも気づいたら、もうあっという間に入試目前でした。

結果は、1校を除いて残りの学校全てから「合格」をもらえました。

「合格」を聞いた瞬間は、鳥肌が立つぐらいスゴく嬉しかったです!

こんなにキツい両立をこなすことができたのは、

茶理庵だからこそできたことだと思っています。

チャーリーとテツジンの2人には、とてもお世話になり本当に感謝しています。

マトリョーシカ(新5年生からの入塾)洗足学園中学 合格

大好きなバレエを続けながらの受験勉強は予想以上に大変でした。

​でも、時間の使い方を工夫して乗り切り、第一志望校への合格をつかむことができました。​

6年生の夏期講習では、苦手だった理科の「電気」の問題を個別指導でテツと特訓しました。

解けるようになってきて、逆に、「電気」の問題が好きになりました。​

12月に受けた模擬試験の結果が悪くて、ツラくて、「どう がんばればいいのか」わからなかくなった時、チャーリーから「1月31日まで毎日やる宿題」が出されました。

気づいたら、不安や恐怖を感じている暇もなくなって、必死にやっていました。​

入試当日、算数の問題を見た瞬間、今まで何回もやってきた問題や「ドジノート」で復習した問題が出ていて、「やったー!」と思いながら解きました。

解きながら、「ちゃんと『ドジノート』をやってて良かったなぁ~」と しみじみ思いました。

「ドジノート」の作り方ややり方をチャーリーに叱られて、「何度もやり直すのはめんどうだなぁ」と思うこともあったけれど、その時、心底、「やってて良かったー!」と思えました。

私は、苦しいことも楽しいことも、仲間と一緒に乗り越えていける「茶理庵」が大好きです!!

30年前の生徒

突然のメールで失礼いたします。

ご記憶にないかもしれませんが、

東中野SC、学習指導会でお世話になりましたY・Mと申します。​

ひょんなことから​このHPを発見し、なつかしさ半分、

そして、先生の信念に感動し、メールをお送りしてみた次第です。

思えば、私が小学4年生、スイミングクラブで選手をやっていた頃に、新しいコーチの大西先生と初めてお会いし、それから約30年、私もすっかりオバサンになりました(おそろしい…)。​

その1年後、今度は塾の合宿で先生と再会した私は、

云わば「チャーリーの最初の教え子」ということになるのですよね。

その記念すべき「1st Children」の中でも、塾以前からの教え子である私は、

先生との間に妙なご縁を勝手に感じていました。

そのせいか、休み時間にはよくチャーリーの後をくっついて回っていたように記憶しています。

さて、私は日ごろ、小中学生と接する機会がほとんどなく、

受験や教育からはすっかり縁遠い毎日ですが、

それらについてのテレビや新聞等の報道を目にするにつけ、

巨大化するマーケットと商業的な匂いに、ただただ驚くばかりです。​

そんな中、先生のブログにある

「自分が『行きたい学校の合格』をいただいたら、入試は終わるように と言ってきました。」

という一文を読み、

教育者としてのチャーリー先生の真意を垣間見た思いです。​

「なぜ…?何校合格しても、入学できるのは一校だけだからです。」

「塾は違っても、合格を祈る母親の想いは同じです。塾は違っても、不合格に落胆するわが子を抱きしめる父親の想いは同じです。」

「『全部受かったよ!』の勲章とは違った意味で、『まだ決まっていない子のために、席を空けてあげる』ことも、称えられるべき立派な振る舞いだ と教えていきたいのです。」

「ましてや、『塾の実績稼ぎ』のためになど、『受けていただき』たくありません。」

読みながら、30年前の自分やこれから中学受験に向かう従妹の子が重なり、

感動し、不覚にも泣いてしまいました。​

思い起こせば、学習指導会時代から、

先生は、とても人間的な潤いのある豊かなコトバで、私たちに話しかけてくれた覚えがあります。​

先生は、あの頃から知識をやみくもに詰め込むだけの、合格者の数字を上げるだけの“サラリーマン塾講師”ではなかった。

私は、学習指導会で、チャーリー以外にも何人かの先生から授業を受けていましたが、その当時もチャーリーは他の先生とはどこか雰囲気も違い、存在が際立っていたように感じます。​

卒業してからも何度か先生に会いに、

K・N(建築士になっています!)や、

M・Y(研究者になっています!)、

H・Y(お医者様になっています!)、

N・R(ミス日本グランプリを受賞したんですよ!)らと一緒に

代々木本部へ遊びに行ったんですよっ!!

確か、先生は関西へ転勤なさった後で、

結局、一度もお会いすることはできませんでしたけれど…。​

先生のように信念を貫こうとすれば、いろいろと何かにつけて、批難されることもあるかと思います。

でも、今の私のようなまったくその世界に不案内な者から見ても、

先生の塾はきっととてもあたたかく よい塾なんだろうなと感じます。

「受験」という「体験」を通して、さまざまなことを学べる塾の先生。

そんなチャーリー先生が、現代の社会に流布している一般的な中学受験のイメージとは全く異なる切り口で「受験本」を出版したら、

とても面白いものになるだろうなぁと思います。

チャーリー、がんばってください!負けないでくださいね!!

最後になりましたが、当時は出来が悪く不真面目だった私は、先生に数々のご迷惑、ご苦労をおかけしたことと思います。

本当に、本当にどうも ありがとうございました。

社会人となった今、先生に心の底から感謝しています。

おさるのジョージア(小学3年生から入塾)成城中学校 合格

必ず桜は咲く。

チャーリーにいつも僕は「ていねいに問題を読めーーーーっ!ガルル~」と言われてきた。

その言葉を胸に、入試1か月前は特訓した。

「入試が終わったら、本をたくさん読めーーーーっ!ガルル~」と言われたので、

この約束は守りたい。​

チャーリーはとても怖いけど、授業はとてもおもしろく、

“たまに” ほめられた時は 死ぬほどうれしかったし、自信につながった。

テツは僕にとっては身近で、「お兄さん」のような存在だ。

チャーリーに怒られた後は、いつも励ましてくれた。

最後の1か月は、「志望校特訓」をしてくれ、とても力がついた。

苦手だった理科の「ふりこ」も何回も説明してくれて、入試でも出て、バッチリ解けた。

2月1日と2日の入試がうまくいかず、ぼくは家でたくさん泣いて、たくさん暴れた。

テツとチャーリーと話をして、気持ちが落ち着き、切り替えることができた。

3日は、成城とG中に願書を出していた。

チャーリーには「合格の可能性がどっちが高いとか ではなく、『行きたい学校』を受けなさい。」と言われた。

僕は迷わず、成城を選んだ。​

今年の茶理庵からの年賀状には、「『おめでとう』の言葉は、合格までとっておくよ」とチャーリーの直筆で書いてあった。

だから僕は、どうしても「おめでとう!」と テツとチャーリーから言われたかった。

忘れもしない3日の19:50。合格発表で、ピッタリ自分の受験番号と同じ番号が掲示された。

合格(うか)ってた。

本当にうれしかった。

「やっと言ってもらえる」って思った。

電話で「おめでとう!」と言われ、本当に本当にうれしかった!

最後まであきらめず、茶理庵を信じ続けた結果、第二志望校の合格をつかんだめた。

本当によかった。

僕のように、途中の模試の結果がどんなに悪くても、茶理庵を信じて努力を続ければ、

絶対に夢は叶う!

また茶理庵に遊びに行きます、制服で。

ストロベリー(小学5年生からの転塾)神奈川大学附属中 他合格

ぼくは、5年生の夏休み後に他の塾から茶理庵に移ってきました。

最初は、慣れなくて大変でした。

茶理庵で特に苦労したのは、毎週行われる「小テスト」や

冬休みや夏休み明けに実施される「特大(復習やってないの)バレテーラ テスト」でした。

ぼくは半分以上が追試になってしまい、全部をクリアーするのに本当に苦労しました。

特に、社会の「年号」や「何が起きたか?テスト」と、算数の「相似形スペシャル テスト」が大変でした。

茶理庵に入るまで、ぼくはあまりマジメに勉強をしていなくて、6年の秋の模試の成績もひどいものでした。

でも、これはまずいと思い、だんだんと本気で勉強するようになっていき、徐々に「歴史の年号」や「理科の実験道具」なども覚えられてきました。​

なので、これから受験をする人は、もっと前から勉強してほしいと思います。

​テツやチャーリーに出会えてよかったです。ありがとうございました。

これから受験をする人 がんばってください!!

なんで?マン(小学4年生からの入塾)麻布中 他合格

チャーリーはとても不思議な人だと思う。​

この塾は、どの先生の授業もとても楽しくて、ためになる。

中でも、チャーリーの授業は、とてもおもしろく、最高だと思います。

でも、時々、笑いすぎて、問題を解くのを忘れてしまい、怒られたこともありました。

チャーリーが笑わせているくせに、怒るなんて、ひどいと思ったりもしました。​​

また、チャーリーが言うことは、いつも本当のことなのか、冗談なのか、よくわからない。

でも、冗談だと思ってると、後になって、本当だったとわかったり、友達と何メートルも離れたところで、小声で話していたヒソヒソ話を、しっかり知っていたり、ビックリしたことが何回もありました。

ぼくが慶應中等部を受けた時、門の中に入ると「来ないはず」のチャーリーがいました。

その時、朝日のせいか、ぼくにはチャーリが光って見えました。​

「なんで、いるの?」

と聞いた瞬間、

「おまえを 待ってたんだ!!」と言って、チャーリーに抱きしめられました。

そして、手ぶくろをはずして握手をしました。

ぼくは、その時、なぜか合格(うかっ)た気がしました。

結果は、合格でした。みんなすごく喜んでくれました。

そして、奇跡はそれだけで終わらず、連続で起こりました。なんと第一志望校から、繰り上がりの電話が来たのです!

逆転につぐ逆転!で、ぼくの受験は大変だったけど、最後は笑顔で終わることができました。

あの時の「光ったチャーリー」の姿をぼくは一生忘れません!

ありがとうございました!!!

森のくまピョン(小学5年生から転塾)立教女学院中 他合格

私は、新5年生の2月に、他の塾から移ってきました。​

算数と社会が苦手で、テストではいつもその2教科の成績が悪く、6年生になっても、足を引っ張ってしまう教科になっていました。

算数は、テツに「とにかく『図を”ていねいに”描きなさい』」と何度も何度も言われました。

それで、図をていねいに描くことを意識しているうちに、「図形」も「速さ」も意外と簡単に解けるようになってきて、次第に成績も上がってきました。

最後の2カ月は、総監督のチャーリーから、算数と社会の「ラスト・ミッション」が出されました。

残りの日数が少なくなるにつれて、その課題と「授業の復習」を、問題を覚えるくらい繰り返し解いていました。​

理科では、授業中にドロがさりげなく言った「ひとりごと」を、どういうわけかはっきり覚えていて、そこが入試に出てかなり驚きました。

先生たちの一言、一言、が意味のあることなんだなぁ、と実感しました。

復習を中心とする茶理庵の勉強法は、同じ種類の問題の反復で、苦しい時もありましたが、今振り返ってみると、復習が一番大切だということに改めて気づきました。

茶理庵で勉強できて、本当によかったです!

クララ(小学3年生からの入塾)カリタス女子中 合格

私は、小学3年生の夏期講習から茶理庵の生徒になりました。

でも、宿題をしょっちゅう忘れて「イエローカード」がたくさんたまってしまいました。

また、5年生になると、勉強の量が増え、中身も難しくなって、ついていくのが大変になってきて、よく叱られました。

でも、おこられると、逆に私は「やってやる!」という気持ちがわいてきて、燃えました。そのおかげで、私は、中学受験を笑って終われたんだ、と思っています。​

私は「バレエ」と「受験勉強」を両立してやってきました。でも、それは、とても大変なことでした。

また、私は模試の結果がすご~く悪かったです。でもどんなに模試の結果が悪くても、私はあきらめませんでした。

とにかく、どんなことがあっても、あきらめないでやりきることが大切だと思います。

今は、3年生から茶理庵に通っていて、よかったと思っています。

ココア(小学4年生から入塾)日本大学中 他合格

僕は、4年生の夏ごろから茶理庵に入って、入試まで2年半がんばってきました。

この2年半はとてもつらいものでした。茶理庵の先生や母から「ちゃんと勉強しなさい」としかられることも、よくありました。

毎週の小テストもずっと追試になり、5年生の終わりごろには追試がたまりすぎて、「もうダメか」と思うことも何回かありました。

しかし、茶理庵の先生たちに、「休室日の日曜日や、授業のある日にも、追試を受けていいよ」と言ってもらえ、何とか6年生になるギリギリで、大量の追試を「0(ゼロ)」にすることができました。

そうして、晴れて、茶理庵での6年生になることができました。

6年生になってからは、友達と遊ぶ時間も減らし、ゲームもやらず、勉強をがんばりました。

夏休みが過ぎてからは、授業がない日も日曜日以外は毎日、質問や自習として、茶理庵に行ってがんばっていました。

その結果、残念ながら、第一志望校には合格することができなかったけれど、受験が終わって、茶理庵に電話した時、チャーリーから「日本大学中学校で、ぜひ成績上位者になりなさい」と言ってもらえたので、それを目指していきたいです。

2年半ありがとうございました。

大和魂(小学5年生からの入塾)法政第二中 他合格

僕は5年生から受験勉強のスタートでした。

5年生の時は、なんとか勉強とサッカーを共に続けていましたが、サッカーがある日はクタクタになってしまい、家に帰ってくると、とても勉強に集中する事ができませんでした。

それで、6年生になってから勉強に集中するため、サッカーを休むことにしました。これは僕にとって苦しい決断でした。

しかし、どちらも中途半端に続けるよりも、今 もう少しだけガマンして受験を成功させる方が、これからの自分にとって、大きくプラスになると思い、受験勉強に集中してきました。合格すれば、サッカーももっと本気で取り組むことができます。

僕は得意な暗記を武器にして、理社はプリントを中心に「チェックテスト」のバツの箇所を繰り返し勉強しました。

算数は、「過去問」を中心に「学校特訓のプリント」などを何度も解き直し、わからない問題は先生に聞くようにしました。

国語は、漢字や「知識プリント」を毎日きちんとこなし、点が取れる所で落とさないということを心がけてきました。

その結果、無事に合格を2校からもらい、4月からは大好きなサッカーと勉強をしっかり両立させて、楽しい中学生活を送りたいと思います。

後輩のみんな、ガンバれ!

ケプラー22b(小学5年生より入塾)鎌倉学園中 他合格

ぼくは、5年生の11月から茶理庵に通い始めました。

それまでも他の塾に通ってはいたけれど、勉強がはかどらず、わからないことがあっても、緊張してほとんど質問することができませんでした。けれども、茶理庵ではわかりやすいように教えてくれたり、質問も気軽にすることができました。

そして、テストなどで自分がまちがえた苦手なところを、1on1(マンツーマン指導)でもっとやさしくていねいに教えてもらえました。おかげで、理科のテストで毎回点数の悪かった「浮力」もだんだん解けるようになってきました。​

茶理庵に通うまでは、「勉強なんてつまらない。」と、いっつも思っていました。しかし、茶理庵に通い始めてから、「勉強って、意外に面白い!」と思うようになっていきました。

2月1日からの受験中も毎日のように茶理庵に行って、その日に受けた学校で出た問題で、分からなかったものを教えてもらったり、苦手な教科の対策で、課題をしっかり出してもらいました。

おかげで合格することができたのだと思います。

ぼくは、この塾に入ってほんとうに、ほんとうに良かったと思います。

キングボーイ(小学4年生からの入塾)駒場東邦中 他合格

三年間、チャーリー、テツに教えてもらい、第一志望校、駒場東邦に無事合格できました。

三年間通うのは大変だったけれど、一番つらかったのは、一月校に失敗したことです。

初めての入試で緊張してしまったけれど、自分なりには「できたな」と思っていました。しかし、結果は不合格でした。

しかも、得意な算数で点数を落としてしまっていたことが後にわかり、この時、初めて、入試の本当の恐ろしさを知りました。

自分では、点を取れたと感じても、本当は取れてないかもしれない。。得体のしれない恐怖感を覚え、ゾーッとしてきました。​

その後、チャーリー達と話をして、最後の最後まで勉強をしました。

一月校のように失敗しないように、問題を読み込むこと、必ず見直しをすること、を徹底しました。

「もう二度とあんな辛い思いをしたくない」と思い、本番に臨みました。

合格でした!

一月のあの失敗があったからこそ、合格を得ることができたのだと思います。三年間本当にありがとうございました。

Piano(小学6年生から転塾)横浜雙葉女子中学 他合格

ワタシは、受験勉強を始めるために、5年生の5月から他の塾(S)に通っていました。

でも、その塾ではなかなか成績が上がらなかったため、茶理庵に移ってきました。

前の塾と茶理庵の大きく違うところは、前の塾ではノートをあまり使わず、テキストに書き込むのですが、茶理庵では、全部、自分でノートに書くところです。

ノートに書くことに初めは余り慣れていなくて、書くのが遅く問題を解く時間が少なくなってしまったりしましたが、自分で問題を書くことにより、読み間違えることが少なくなりました。

そのためか、第一志望校に合格することができました。

もし、あのまま前の塾に行っていたら、きっと合格することはできなかったと思うので、茶理庵に移ってきて、本当に良かったと思います。

クロワッサン(小学4年生からの入塾)鷗友学園女子中学 他合格

1日の試験の前日は、大して緊張せずよく眠れたのですが、受験本番の朝になって、いきなり緊張し始めてしまい大変でした。

試験会場に着くころには、他の受験生がとても頭がよさそうに見えてきて、さらに不安になりました。

しかし、チャーリーが最後の「壮行会」で言っていたように、「他の受験生をピーマンやたまねぎなどの野菜に見立ててみる」と、少しずつ落ち着いてきて心が軽くなりました。

それでも、「ドキドキ」がずっと止まらないまま、試験が始まりました。

結果は、最初の国語で失敗してしまい、算数も結構ミスしてしまい、1日目はダメでした。

2日目も桜蔭や女子学院を受けた人たちがたくさん受けにきていたせいか、落ちてしまいました。

そして、最後のチャンスとなる3日目になりました。

「もう後がない!」…と心の中では超あせりましたが、少し慣れたきたこともあり、とにかく「せいいっぱい」がんばろう!そう決めて、臨みました。

1日目・2日目と比べてずっとできました。手ごたえもありました。

3日目は合格者も最も少なく、難易度も一番高いということでしたが、結果は、合格でした。

今までの努力が報われた気がして、すごくうれしかったです。

最後まで、あきらめず、弱気にならずに、試験を受けたので合格したのだと思います。

約分ってなんだっけ?(小学4年生からの入塾)鎌倉学園中学校 他合格

まさか…。2月3日は通ると思っていたのに…。こんなことは想定外のでき事だった。​

悔しかった。悲しかった。もうやめようかと思った。

その時チャーリーから応援の電話がかかってきて「今度は絶対に大丈夫だから、最後まであきらめずにがんばれ。」と励ましてくれた。

4日校は、「必ず合格できる」と確信していた。「茶理庵」の指導員が後ろについてくれていると思うと、とてもリラックスできた。結果は合格!すぐに報告をして明日のために寝た。

2月5日、この日はチャーリーも学校まで駆けつけてくれた。この日に、この学校を受験するのは、もうぼくしかいないはず。

ぼくは、絶対に合格しなきゃ!と思った。​

けれど、問題を開いた途端に難しい問題ばっかりで、ダメかなと絶望でいっぱいになった。

けれど、奇跡は起きたのだ。すぐに指導員全員に報告をした。あの嬉しさは一生忘れられない。

2年半やってきた受験勉強も今日(2月5日)で終わりだ。​

「合格と不合格 どちらも体験ができたことは、お前にとって大きな収穫だ」と、チャーリーが話してくれた。

やりがいがあった中学受験だった。

いち君(小学4年生からの入塾)公文国際中学校 他合格

僕は、4年生の6月から茶理庵に入りました。

最初はいきなり週2回の塾と、習い事で毎日忙しいうえ、宿題の量が多く感じたので、終わらせるのが大変でした。

しかし、最初は駄目だった成績が、得意な国語を中心に上がってきたので、少しずつ自信がついてきました。その上、授業がとても面白いので、塾が楽しくなり、暗記もやりやすかったです。​

算数は6年生になっても苦手なままで、難しい問題も増えてきました。でも、たくさん質問をして、練習問題をいくつも解き、復習をすると、苦手な算数も少しずつ慣れてきました。

6年生の秋頃からは、過去問や授業の復習、模試の直し等をしっかりやり、苦手な部分をつぶしていくと、少し時間が経ってから成績が上がりはじめました。

理科と社会は暗記を中心に練習し、入試当日も試験会場で、テツからもらったチェックプリントを解いていました。

茶理庵の先生方、今まで本当にありがとうございます。

これからの茶理庵の受験生、頑張れっ!!

yudisedi(小学4年生からの入塾)桜蔭中学校 入学

お久しぶりです。お元気ですか?

私です。教室のマドンナ(自称)、Yです。

私が卒業して、もう8年が経つんですね。

私も今年、20歳☆彡になるんですよ(^^♪ 祝ってください♡♡

今、私は、東京医科歯科大学の歯学部に通っています。

将来は、世界をマタにかけるウルトラ級の歯科医師になっている予定です。

小学生の時に、チャーリーに出会えて、本当に良かったです。

私の人生にとって、大きな大きな事件でした(良い意味でよ♡)

教えてもらったことは、今でもハッキリと覚えていますよ!

くだらないギャグとかも♡

とてもとても感謝しています!

いつまでも私の担任チャーリーでいてください♡

では、今年も、小さな生徒たちとアツイ夏をお過ごしください!!

ブラック★スワン(小学4年生から入塾)洗足学園 、 横浜共立学園中学校 他合格

私は「受験のためだけの勉強をしないこと」と「自分から勉強すること」を心がけました。

第一志望校が算国の2科目を重視した判定をすると知ったので、算国の2教科を集中してやりすぎてしまった私は、理社がおろそかになっていました。

しかし、母に「もし、算国で合格できても、全教科できなければ、中学・高校の授業についていけなくなるよ」と言われたことで、おろそかにしていい教科なんてないんだと感じることができました。

6年生の後半になってからは、一週間単位で模試や授業の復習、社会や理科の暗記などの計画を立て、確実にこなすことを大切にしました。

チャーリー・テツ・ドロがいつも身近にいて沢山相談できたし、周りの仲間にも元気づけられました。私は、茶理庵で合格できて本当に良かったと思っています。

ネネちゃん2号(小学4年生からの入塾)横浜共立学園中学校 他合格

私は茶理庵に小学4年生のころから通っていました。

チャーリー・テツジン・ドロドロの三人の先生に様々なことを教えてもらいました。

テツジンやドロドロには理科と社会の暗記や図形問題や文章問題の解き方を教えてもらいました。チャーリーには、勉強の仕方や暗記の仕方、国語の文章問題を教えてもらいました。​

チャーリーには何度もしかられました。

その時は、とてもいや~な気分だったけれど、家に帰ってよく考えてみると、チャーリーの言っていることがすべて正しいということがわかりました。

さらに、今考えてみると、あの時、きちんとしかってもらえてなかったら、今の自分はいなかった、とはっきり思えています。​

算数・理科・社会・国語の問題で今までできなかったものが、できるようになったというのはとても達成感があり、「自分ってもしかしてできるのかも!?」とも思えて、やる気が出てきます。だから先生達に感謝しています。

メゾピアノ(小学4年生からの入塾)桜蔭中学校 他合格

私は、4年生のころから桜蔭中学を目指してがんばってきた。

しかし、もともとのんびりした性格だったので、勉強も真剣にすることができず、偏差値があまり伸びなかった。

特に社会が苦手で、一番できない教科だったので、書いたり、声に出したりして覚えることをがんばった。

また、得意な算数でも、分からない所があれば、そのままにしないで、すぐに質問することを心がけた。

その後には、必ずやり直しをして、一つ一つできるようにしていった。​

授業が終わった後や、授業がない日でも、塾に行って自習をした。

家で勉強するよりも、塾で自習をする方がはかどるし、分からない所があればすぐに聞けるのが良かったと思う。

一番大切なことは、一つのことに向かって、最後まであきらめずにやりきることだと思う。

パンツをはいたどん栗(小学6年生からの入塾)武蔵中学校 他合格

僕が武蔵中学に合格できたの本当に茶理庵のおかげだと思います。

5年生の1月、他塾を辞めて初めて初めて体験授業を受けたとき、正直、驚きました。先生と生徒との距離が近くて、男女でも仲良くしゃべっている光景が僕の目には新鮮でした。

6年生の後期にはよくしかられました。チャーリーに怒鳴られることもしばしばでした。

あと、何より復習は大事だと思います。ペケノートをしっかり作って、解いて、丸をつけることに意味があるのだと思います。僕も、しっかり復習をしているときは成績が良く、していないときは悪かったものです。

僕が合格できるように全力で指導・応援してくれた先生方に感謝しています。一年間本当にありがとうございました。

この文が10期生以降の人達の役に少しでもたてたらうれしいです。

きまぐれロボット(小学6年生からの入塾)広尾学園(インターナショナルSC)他合格

僕は10月の終わりに他の塾から移ってきました。理科が苦手だったことや、入試まで残り3か月で移ったことによる不安がありましたが、豆電球などの苦手分野を克服することで、自信がつきました。

2月1日の午前・午後と2つの学校に続けて落ちたとき、自分の全人格を否定されたように思いました。それからの3日間は、理・社の暗記などを中心に、問題を解きなおしました。

国大横浜は3日が試験で、5日に発表だったので、5日の広尾学園の試験は不安がいっぱいで、心の中では少しあきらめかけていました。

国大横浜と広尾学園に合格できてよかったです。合格発表で、一番下の段に自分の番号を見つけたときは、言葉にできないほどうれしかったです。

茶理庵に来ていなかったら、今の自分があったかはわからないです。
短い間でしたが、ドロ・テツ、そしてチャーリー、ありがとうございました。

マインちゃん(小学5年生からの入塾)横浜共立学園中学校 他合格

2月1日。過去問よりもずっと難しい気がした。

4科目とも、緊張しすぎからか、頭が真っ白になってうまくいかなかった。

すごくショックだった。「もうB入試にかけるしかないのかな」と弱気にもなった。

でも、私は、お守りとして 茶理庵のみんなが書いてくれた寄せ書きを持っていっていたので、それを見て気持ちを落ち着かせた。

2日の横共の合格発表。

その時間、私は普連土学園の試験中だった。

試験が終わり、普連土の近くのカフェでスマホの画面を見せてもらった。結果は…合格だった!

あこがれの横共生になれることがすごくうれしかった。​

ここまでこれたのは茶理庵のおかげだと思う。

入試で電熱線が出たとき、6年の秋の模試で電熱線の問題を全滅し、ドロに基本から教えてもらったことを思い出した。

テツは私が質問を持っていくと、いつもていねいに教えてくれた。

チャーリーが入試前に「今年は人体がよく出る。」と言ったので、家で一通り復習をしておいたら、横共でズバリ出た。

茶理庵おそるべし!と鳥肌が立つ思いがした。​

中学受験をして本当によかった。ありがとうございました。

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